新宿 北村写真機店のカウンターで、お薦めライカを味わい尽くす|Vol.008 ライカM4ブラックペイント
はじめに
皆さんこんにちは。ライターのガンダーラ井上です。新宿 北村写真機店の6階にあるヴィンテージサロンのカウンターで、ライカをよく知るコンシェルジュお薦めの一品を見て、触らせていただけるという有り難い企画、『新宿 北村写真機店のカウンターで、お薦めライカを味わい尽くす』。現行品からヴィンテージまで取り扱いのあるヴィンテージサロンの品物から、今回はどんなライカを見せてもらえるのか楽しみです。
ライカフェローのお薦めは?
今回お薦めライカを見立てていただいたのは、新宿 北村写真機店でライカフェローの肩書を持つ丸山さん。いわゆる“通好み”のヴィンテージライカに関する豊富な知見を、新宿 北村写真機店のスタッフに伝授する立場でもある丸山さんが、カウンターにそぉっと出してきてくれたのはブラック仕上げのライカM4でした。
黒塗りライカの真打(しんうち)登場
「こちらになります」と、言葉少なめに差し出されたライカM4のブラックペイント。ヴィンテージライカの中でもすこぶる人気の高いモデルですね。普段からポーカーフェイスの丸山さんですが、今日はなんだか微妙にハイテンションな気もします。ではまず、カメラの簡単な解説を済ませてから、ディテールにどっぷりハマっていきたいと思います。
ライカM4は、M型ライカ初号機であるライカM3のファインダーを簡略化し、倍率を0.72倍として広角レンズ使用時の利便性を向上させたライカM2の後継機にあたる機種です。ライカM2ではフィルムカウンターが剥き出しだったのをライカM3と同等の仕様に戻すとともに、フィルム巻き戻しノブをクランク式に改良。フィルムパトローネに直結する軸をそのまま上に持ってくるとファインダーブロックと干渉するのでクランクの部品が斜めになっているのが特徴です。通常はクローム仕上げですがブラックのモデルも存在します。
シャッターボタンの指皿はクロームで正解
光沢感のあるブラックのラッカー仕上げされたライカM4は、クローム仕上げのモデルと比べると控えめな印象でありながら独特の凄みのようなものを感じさせてくれます。全体的に黒くて目立たないのですけれど、シャッターボタンの外周にある指皿のパーツはギラギラと光るクローム仕上げ。このライカM4はクロームのモデルを後から誰かが黒く塗って、指皿のところで疲れ果てて塗らずに組み立てたのではと疑いたくなりますが、ここはクローム仕上げで正解だそうです。
ライカM4の製造が開始されたのは1966年ですが、その翌年の1967年にはブラックペイントのモデルが登場しているそうです。前機種のライカM2は、ごく少数ですが1966年までブラックペイントのモデルが製造されているので、そのあとをライカM4が引き継ぐかたちですね。とはいえ塗料や下地の処理が向上したからか、ライカM2のブラックペイントほど塗装が全面的に剥がれた機体はあまり見かけません。
ライカM4初期型ブラックのバリエーション
この3台の黒いライカM4、微妙に仕上げが違うのがわかるでしょうか? シャッターダイヤルの部品がペイントのものもあれば塗料の厚みを感じさせないブラッククローム仕上げのものもあり、初期モデルでは仕様の変更幅が大きいとのことです。いずれにせよライカM4のブラックペイントの製造期間はあまり長くなく1971年に製造中止となり、黒いM型ライカの系譜は次期機種のライカM5に受け継がれます。
とはいえライカM5のブラックはガンメタルっぽいブラッククローム処理で、塗料を吹き付けたものではありません。ブラッククローム仕上げのライカはライカM4を母体とするKE-7Aという軍需モデル500台、民間用200台が1972年に作られ、その後ライカM4のブラッククロームも3000台程度が製造されます。ブラッククロームのライカM4には50周年記念モデルなどもあり、その後に登場するライカM4-2、ライカM4-Pにもブラッククローム仕上げは踏襲されていくことになります。
骨董的価値をつけられた1181番台
黒く塗られたライカM4に話を戻しましょう。この2台はブラックペイントのライカM4ですが、左のモデルが最初機の1181番台と呼ばれるもので黒く塗られたライカM4の中でも骨董的価値が高いものだそうです。写真の機体は何と11番目のブラックペイントだそうで、ストラップ釣り金具も前機種のライカM2ブラックペイントと同様に黒くペイントされていたようですが現在は真鍮の地金が見えています。巻き戻しクランクもすべて真鍮製でブラックペイント仕上げです。
それに対して右の1969年製モデルではストラップ釣り金具がステンレス製でペイントされておらず、巻き戻しクランクもよく見ると指で引き起こす部分だけがペイントで、Rと矢印マークが刻印されたパーツはブラッククローム仕上げになっているんですね。わずか数年の間に、各部品に用いる金属素材を変更していったことがディテールの差を生み出しています。
黒いライカM4の触り心地
クローム仕上げのライカよりも、ブラックペイントのライカは手にしたときのカメラとの一体感が強い気がします(個人の感想です)。ライカM4ブラックペイント発売当時の日本語カタログを丸山さんに見せていただいたのですが、そこには『M4ブラックは目立たない。手に握って小さく、重さまで軽く感じるから不思議だ。ピント合わせは一度でピタリ。念を押す気が起こらない。巻き上げレバーも指に吸い付く』と使用感が記載されています。
重さまで軽く感じるかどうかは別にして、やはり黒く塗られたライカには特別な雰囲気があり、それが撮影者に何らかの影響を及ぼすのは確かだと思います。このことに加え、ペイントのすれ方から自分が手にする前のオーナーがどのようにこのライカを扱ってきたのか、カメラの持ち方や使い方の癖がペイントの擦れから読み取れるのも興味深いところです。
ライカM4ブラックペイントに似合うレンズ
さて、このライカM4ブラックペイントと組み合わせるといい感じになるレンズといえばどんなものがあるでしょう?と丸山さんにお見立てをお願いしたところ、出てきたのは標準レンズのズミルックス50mmF1.4でした。ズミルックスというのはライカのレンズの中で開放F値が1.4のものを指すシリーズ名で、F2であればズミクロンでズミルックスはそれより1段口径の明るいレンズですね。初期のズミルックス50mmF1.4はその容姿から“貴婦人”と呼ばれているそうで、ここに登場した貴婦人はクロームでなくブラック仕上げです。
「35mmの広角ズミルックスも全長が短くてライカM4と組み合わせると格好いいですが、この50mmもボディに取り付けるといい表情になります。年代的には1964年製なので、すこし先輩のレンズです」とのこと。丸山さん推しのコーディネート、かなり粋な感じです。
まとめ
「写真を撮る道具として判断するなら、ライカM4は巻き戻しクランクを搭載してフィルム装填も素早くできる仕様なので使うのにバランスがいいカメラだと思います」と、ご自身も黒塗りのライカM4オーナーである丸山さんは語ります。ライカM4ブラックペイントが生産完了した1971年以来、黒く塗装されたライカは2000年にライカM6ミレニアムモデルが登場するまでのおよそ30年間封印されていた仕様であり、ライカM3、M2及びM4のブラックペイントは骨董的な価値が付加されて現在では取引されているようです。
そんな骨董的価値のあるライカを持ち出すのは危ないのではという問いに対し、「レアなライカは存在をあまり知られていないから、むしろ赤いバッジのついたライカよりも狙われにくいです」とのこと。レアすぎて目立たないライカを持って街に潜む。ライカM4ブラックペイントは、そんなことができたらいいなと夢想させてくれるカメラでした。
ヴィンテージサロン コンシェルジュ:ライカフェロー 丸山豊
1973年生まれ。愛用のカメラはM4 ブラックペイント
執筆者プロフィール
ガンダーラ井上
ライター。1964年 東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間勤める。2002年に独立し、「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」「ENGINE」などの雑誌やwebの世界を泳ぎ回る。初めてのライカは幼馴染の父上が所蔵する膨大なコレクションから譲り受けたライカM4とズマロン35mmF2.8。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)、「ツァイス&フォクトレンダーの作り方」(玄光社)など。編集企画と主筆を務めた「Leica M11 Book」(玄光社)も発売中。
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どのような機種が良いか分からない方もライカの知識を有するコンシェルジュがサポートしてくれますのでぜひ足を運んでみてください。
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