新宿 北村写真機店のカウンターで、お薦めライカを味わい尽くす|Vol.012 ノクティルックス 50mm f1.2
はじめに
皆さんこんにちは。ライターのガンダーラ井上です。新宿 北村写真機店の6階にあるヴィンテージサロンのカウンターで、ライカをよく知るコンシェルジュお薦めの一品を見て、触らせていただけるという有り難い企画、『新宿 北村写真機店のカウンターで、お薦めライカを味わい尽くす』。現行品からヴィンテージまで取り扱いのあるヴィンテージサロンの品物から、今回はどんなアイテムを見せてもらえるのか楽しみです。
ライカフェローのお薦めは?
今回お薦めライカを見立てていただいたのは、新宿 北村写真機店でライカフェローの肩書を持つ丸山さん。いわゆる“通好み”のヴィンテージライカに関する豊富な知見を持っているだけでなく、ご本人もヴィンテージM型ライカユーザーでもある丸山さんがカウンター越しに見せてくれたのはボディではなく、単体の交換レンズでした。
ヴィンテージライカレンズの希少品
「今回は、ノクチです」と、差し出されたM型ライカ用の交換レンズ。NOCTILUXのことをカタカナ表記ではノクティルックスとするのが正式ですが、ライカ通の方々は短くシンプルに“ノクチ”と呼ぶことが多いです。リスケジュールのことをリスケと言ったりするのは個人的には軽薄で好ましくないと思いますが、ノクチという響きは悪くないと思います。
このノクティルックスというレンズは、ライカが開発した大口径レンズの名称です。ズミクロンであればF2、ズミルックスであればF1.4ですが、それより明るいF1.2を実現したのが初代のノクティルックス50mm F1.2でした。その登場は1966年。この名称は、まだ高感度フィルムが実用的ではなかった時代に夜の光でも撮れるということで、ノクターン(夜想曲)からイメージを展開したような粋なネーミングをつけたのではいかと思います。
写真用レンズで初めて非球面を採用
1966年に登場したノクティルックスは、写真用のレンズで初めて非球面レンズが使われたことが特長です。非球面レンズとは、通常のレンズのように曲面が同一半径を持つ球面ではなく、二次関数的なカーブを描く特殊レンズのことです。球面レンズで発生する収差の問題を非球面レンズは解消することができるので、レンズ設計の特効薬のような存在です。
ライカのレンズ構成図によれば、4群6枚のうち、1枚目の表面に加え、6枚目の内側も非球面レンズになっているようです。マウント面からレンズを覗き込んでみると、なんとなく非球面なのかなぁ。という感じではありますが、いずれにしても贅沢な仕様です。球面レンズとは異なり、非球面レンズのカーブを設計値そのままに製造するのは非常に困難であり、ノクティルックスはその難題に果敢に挑んだパイオニア的な存在です。
往年の名玉を21世紀に復刻
「こちらも、ノクチになります」と、なんだか嬉しそうにもう1本のレンズを丸山さんが差し出してくれました。それは2021年にライカが復刻したノクティルックスM f1.2/50mm ASPH.というレンズでした。光学設計はオリジナルに可能な限り近づけ、ほぼ同じような描写を再現できるように配慮して作られた現行モデルのレンズです。
ライカMレンズには過去の名玉を新製品として復刻したクラシックシリーズがあり、1950年代に登場した小振りな広角レンズをMマウント化したズマロンM f5.6/28mm、戦前の伝説的なポートレート用の軟焦点レンズを復刻したタンバールM f2.2/90mmに続く第3弾としてノクティルックスM f1.2/50mm ASPH.が満を持して登場したという次第です。
オリジナルと復刻版の外観を比較
こうしてオリジナルのノクティルックスと復刻版を並べると、遠くからでは見分けがつかないほど外観はそっくりです。そうなると気になってくるのは中身です。ノクティルックスの要となる非球面レンズの部分はどのように復刻されているのでしょう?
現在は低い温度で溶けるガラス材料を金属の型でプレスするガラスモールド非球面レンズが主流ですが、初代ノクティルックスの開発時にそんな生産技術は存在せず、非球面のカーブを研磨する工程が自動化されていない手作業であったことから“手磨き非球面”などと呼ばれています。この復刻版に関しては、さすがに手作業ではありませんが安易にガラスモールド方式で妥協することなく、粘弾性磁性流体研磨という、名称からして手間のかかる方式で製造した非球面レンズが投入されています。
よく観察すると異なるディテール
オリジナルのノクティルックスにググッと近寄って見てみると、距離の指標は当然ながら昔のライカで使われていたフォントです。無限マークの右横のmの脇には小さな文字で17と表記がされています。これは当時の交換レンズに見られるもので、レンズを組み立てた結果、厳密には焦点距離が異なってくる個体ごとに適合した鏡筒を用意してあり、その数値が刻まれているんですね。こういう部分に昔のドイツ製品の愚直なものづくり精神を感じます。
この数値以外に細かい部分では絞りリングを固定するイモねじが復刻版では存在しない点なども指摘できますが、一番大きな違いはフィルター径です。フードの形は酷似していますが、オリジナルと復刻では径が異なりますので互換性はありません。ちなみにオリジナルモデルではフィルターはレンズ先端にねじ込むのではなくフードに組み込む仕様です。
ノクティルックスはどんな描写のレンズ?
「オリジナルのライカの製品カタログには、弱い光の条件下でも撮影を可能にするために高いコントラスト再現性を持っており、球面収差は完全になく、コマ収差もほとんどありません。と記載されていたと記憶しています」と丸山さんは落ち着いたトーンで初代ノクティルックスの描写に関する説明をしてくれました。
でも、僕が使ったことのあるオリジナルのノクティルックス50mmF1.2は、優等生的なレンズというより絞り開放ではハイライト部分にベールのようなフレアが出ることに加えて、ものすごくタル型の歪曲収差を感じたのですけど‥。という核心に迫る問いかけに激しく同意していただけました。「そこが、いわゆる癖玉と呼ばれる理由のひとつで、開放絞りでは独特な雰囲気の写真が撮れます」フレアっぽさはF2.8以降で影を潜めてくれるけれど、このレンズの評価のポイントは開放の尋常ならざる表現にあると思います。
まとめ
今回拝見したノクティルックスは1966年に200本が製造された最初のロットで、生産数は1757本とされるなかでも更に希少なものだそうです。ちなみに復刻版は現行品ですが、本品は中古。箱のシールにある番号によれば製造初年度の初期ロットだそうで、丸山さんがこのレンズを出してきてくれた時に嬉しそうだった理由がわかりました。
オリジナルは極めてレアなので高額ですから復刻版でそれに近い描写を楽しむのも一興かと思います。とはいえ丸山さんの印象としては、どちらもノクティルックス独特の描写ではあるものの、復刻版の方がピントが浅く感じるそうです。それは復刻版の結像面がしっかりしているからこそ、アウトフォーカス部分が滲んでいるように見えるのかもしれないとのこと。この違いを吟味するには両方を同時に使う必要がありますが、そんな夢のような状況を考えただけでお腹いっぱいになっちゃいますね。
ご紹介のレンズ
- オリジナルのノクティルックスM 50mm f1.2(中古 AB):6,600,000円
- ノクティルックスM f1.2/50mm ASPH.(中古 A):902,800円
案内人
ヴィンテージサロン コンシェルジュ:ライカフェロー 丸山豊
1973年生まれ。愛用のカメラはM4 ブラックペイント
執筆者プロフィール
ガンダーラ井上
ライター。1964年 東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間勤める。2002年に独立し、「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」「ENGINE」などの雑誌やwebの世界を泳ぎ回る。初めてのライカは幼馴染の父上が所蔵する膨大なコレクションから譲り受けたライカM4とズマロン35mmF2.8。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)、「ツァイス&フォクトレンダーの作り方」(玄光社)など。編集企画と主筆を務めた「Leica M11 Book」(玄光社)も発売中。
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どのような機種が良いか分からない方もライカの知識を有するコンシェルジュがサポートしてくれますのでぜひ足を運んでみてください。
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