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特集・コラム

フォトグラファー佐藤健寿、新宿 北村写真機店での展示作品とカメラ&レンズとの密なる関係を語る。〈前編〉

2024/09/21

はじめに

新宿 北村写真機店6Fライカフロアには、写真家・佐藤健寿 氏によって撮影、選定された世界の光景7点の写真を2025年6月まで展示中。そこで各作品で使ったカメラやレンズについて、作者自らコメンタリー形式で解説していただくことになりました。どんなお話が聞けるのか楽しみです。

モロッコの迷宮とライカM9

佐藤健寿さんがモロッコで撮影した写真

Fez,Morocco Apr. 5 2010 ©Kenji Sato

――本日はお忙しいところありがとうございます。作家さんから直々に解説をしてもらうという贅沢は、DVDの特典でサブトラックに入っている映画監督の撮影秘話が聞ける感じでワクワクしています。今日はどうぞよろしくお願いします。まずは、このモロッコの写真ですが、シャドウの締まり具合や濃厚な色彩がまるでレンブラントの油絵みたいですね。

「この写真は2010年に撮影したものですが、モロッコってあの当時、100年前から変わらないような景色が普通に残っている場所でした。アフリカとかインドにもそんな場所がありますよね」

――人々の装束や構造物の装飾など、時代劇のセットに入り込んだような感覚になる写真です。その雰囲気を描き切っているカメラは、色調と年代から推測するとライカM9ですか?

「そうです。ライカM9は思い返せば決して使いやすいものではありませんでしたが、不思議な感動がありました。デジタルのライカはM8から使っていて独特の繊細な絵も好きでしたけれど、M9になって『とうとうこれで仕事に使えるな』という手応えがありました」

――ちなみにレンズは何を使われたのでしょう?

「1970年代に初代F1.2のモデルと交代する形で登場したノクティルックスM 50mm F1 (E58)です」

ヤムイモの精霊をノクティルックスで撮る

佐藤健寿さんがヤムイモの精霊を撮影した写真

East Sepik,Papua New Guinea Nov. 18 2014 ©Kenji Sato

――続きまして、この写真はパプアニューギニアで撮られたとのことですが、被写体のインパクトが半端ないです(笑)。

「これは、ヤムイモの精霊の仮面をつけた人ですね」

――おそらく文化人類学的な価値も相当に高いモチーフだと思いますが、学術写真のようにパンフォーカスではなく、背景がものすごくボケていてアーティスティックな仕上がりです。この撮影に使った機材は?

「これもノクティルックスM 50mm F1 (E58)ですが、カメラはライカM(Typ240)でした。背景のジャングルの奥深さや、ところどころいい雰囲気でまだらに光が当たっているなと感じながら、ほぼ開放絞りで撮っています」

――この光の条件で絞り開放近くにしたら、背景はゾワゾワしつつモチーフだけが浮き上がってくるぞという読みがあったのですね。

「そういう頭の中のイメージどおりに本当にすごくいいピントが来ていて『おおー』と思いましたね。いわば魔術的な解像感を示している写真です」

使わない機材は死蔵せず、流転させるのが流儀

――ちなみに、本日の取材にご持参いただいた機材の中にノクティルックスM 50mm F1 (E58)がありますけれど、このレンズでヤムイモの精霊を撮られたということですよね?

「同じE58ですが、このレンズではモロッコやパプアニューギニアの写真を撮っていません。結構手放したり買い直したりを繰り返していて、現在所有のE58は3代目になります」

――僕の知っているライカ愛好家の方々は、同じレンズを何本も持っていたりするのですけれど、佐藤さんの場合は機材を溜め込まないのが流儀なのですね!

「コレクターではないので、使わないレンズを防湿庫に眠らせるのは嫌いなタイプなんです。どうせいつか死ぬって思っているし、レンズは墓場に持って行けませんから(笑)。数回連続で『これは撮影に使わないかな』と思ってくると割と簡単に手放してしまいます」

フォトグラファー佐藤健寿さんを斜めから撮影した写真

photo: Jun Udagawa

――そういえば、以前取材で拝見した機材にアポ・ズミクロンM f2/50mm ASPH.のシルバー仕上げがあったと記憶していますが、今日のアポズミ50mmは赤いですね!

「アポズミの50mmは黒やシルバーを使っていたのですが、『もういらない』と思って売ったことが何回かあります。そのとき自分が撮っている対象によることもありますし、そのとき使っているライカのセンサーの違いによって出てくる絵がしっくりこないと『これは全然使っていないな』となって売ってしまいます」

――僕はカメラもレンズも売るのが辛くて機材が溜まる一方なのですが、何か良いアドバイスはありませんか?

「何か面白いと感じられるカメラやレンズが出て、ちょっと欲しいなと思ったときに自分の防湿庫ってすごく小さいんですよ。L Pジャケットサイズぐらいで、そこに収まらなくなってきたら3ヶ月以上使っていない機材があれば売ります」

――おお、収納のサイズをミニマムにして“足るを知る”状況を作っているのですね。思い返せば自分のカメラコレクションが極大化していったきっかけは、中古カメラ屋さんの裏手に置いてあるようなオリコンを1ダースほど導入したのがきっかけでした(笑)。

「オリコンってなんですか?」

――業界用語で失礼しました。オリコンとは、折りたたみ式コンテナのことです。

往年のアポクロマートレンズをライカに装着

Papeete, Tahiti Jun. 8 2015 ©Kenji Sato

――機材の話から作品に話題を戻しましょう。こちらはタヒチのパペーテで2015年に撮影された作品です。年代と端正な色調から察するに、カメラはライカM(Typ240)ですね。

「はい、ボディはライカM(Typ240)で、レンズはノクティルックスではなく、マクロスイーターだったかもしれません」

――え!! マクロスイーターって映画撮影機用のレンズを作っていたケルン社のマクロスイーターですか? それってスチルカメラ用としてスイス製の精密高級一眼レフ、アルパシリーズ専用の標準レンズとして提供されていましたよね?

「この写真を撮る前に、ライカM9とマクロスイーターの組み合わせでミクロネシアを巡ったことがあるんですよ」

――マクロスイーターといえば20世紀に市販されていた標準レンズの中で唯一アポクロマート補正された名玉でした。

まだアポ・ズミクロンもなかったのでアポクロマートレンズでかつ50mmは歴史上マクロスイーターしか存在しませんでした。あの当時にして超高性能なレンズで、それをM型ライカで撮ったらどうなるのだろうと思い、距離計に連動させる特殊なマウントアダプター経由で装着して撮影していました」

アポ・ズミクロンで平壌市街を撮る

Pyongyang,DPRK Oct. 6 2018 ©Kenji Sato

――アポクロマート補正されたライカレンズといえば、アポ・ズミクロンM f2/50mm ASPH.で北朝鮮の平壌市街を撮影されているこの作品、すごい解像感で一時的に自分の視力が上がったのではないかと思うような写真です。2018年の撮影ということですからカメラはライカM10ですか?

「そうです。自分で撮ってあとでびっくりしたパターンですけれど、本当に遠景まで全く収差なくピッチリ写っていて、シャープなことはもちろん、収差が全然ないので極めて繊細な描写です。平壌にはどちらかといえばジャーナリズム的なアプローチで撮る人が訪れていて、ジャーナリストでもなくかつバックパッカーでもないスタンスで行っている僕みたいな層が少ない。だからこの景色もほとんど知られていませんでした」

――こうして作品1点1点の解説をお聞きしてみると、絞りを開けてモチーフの個性を表出させるノクティルックス的なアプローチか、どの絞りでも無収差でその場の状況を掴み取って帰って来るようなアポ・ズミクロンのようなレンズかという究極の選択を常にされていると感じます。レンズの選定はどの段階でするのでしょう?

「目的地に向かっていく最中、あるいは日本を出るとき、たとえば今からモロッコに行こう。となったら薄暗い迷宮のような通りを撮るだろうと思った場合にはたぶんE58を選ぶだろうなとか、時代を下がったレンズの収差感がある方がモチーフに合うのかなとか、周辺減光が多めで写真自体がある種の幻想のように撮れるレンズのほうがいいのかなとか、いろいろ考えますね」

――撮りたい写真の脳内イメージとレンズの持っている個性のすり合わせをして、ときにはオールドレンズを選ぶということですね。フロアに展示している作品があと3点あります。その解説と機材についてのお話をもうすこしお聞かせ願えますか?

「もちろんです。話を続けましょう」

――後編に続く――

まとめ

新宿北村写真機店店内カタログの表紙

本インタビューは、店舗リニューアルを記念して発刊された小冊子「新宿 北村写真機店へ、ようこそ。」に収録された佐藤健寿 氏へのインタビューのスピンオフ記事です。

小冊子ではライカMシステムの魅力やカメラ店との付き合い方などを中心に掲載。ご興味ある方はあわせてお読みください。小冊子は日本語版および英語版を店頭で頒布しています。

Profile

■フォトグラファー:佐藤健寿

『奇界遺産』シリーズ(エクスナレッジ)は写真集として異例のベストセラーに。ほか著書に『世界』『THE ISLAND – 軍艦島』、『CARGO CULT』など。TBS系「クレイジージャーニー」ほか出演多数。写真展は過去、高知県立美術館、山口県立美術館、群馬県立館林美術館、ライカギャラリー東京/京都などで開催。「佐藤健寿展 奇界/世界」が全国美術館で巡回中。

■執筆者:ガンダーラ井上
ライター。1964年 東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間勤める。2002年に独立し、「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」「ENGINE」などの雑誌やwebの世界を泳ぎ回る。初めてのライカは幼馴染の父上が所蔵する膨大なコレクションから譲り受けたライカM4とズマロン35mmF2.8。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)、「ツァイス&フォクトレンダーの作り方」(玄光社)など。企画、主筆を務めた「LEICA M11 Book」(玄光社)も発売中。

新宿 北村写真機店 6Fライカフロア

新宿 北村写真機店6Fライカブティックの写真

新宿 北村写真機店はカメラのキタムラのフラッグシップストアとして位置付けられており、6Fライカフロアにはライカブティック / 中古ライカコーナー / ライカヴィンテージサロンがあります。ライカカメラ社公認のブティックでは新品のカメラボディやレンズを中心に、双眼鏡やお持ちのカメラをドレスアップするカメラアクセサリーを取り揃えています。写真家・佐藤健寿氏がライカで撮影した作品もこのブティックで展示しています。中古を取り扱うスペースも隣接しているため、ライカの新品×中古もシームレスにご覧いただけます。またヴィンテージサロンでは海外のオークションに出品されるような珍しいカメラの取り扱いもございますので、定期的にご来店いただければ、都度発見があるはずです。

どのような機種が良いか分からない方もライカの知識を有するコンシェルジュがサポートしてくれますのでぜひ足を運んでみてください。

オンラインショップにて中古カメラ・レンズを販売中

新宿 北村写真機店のオンラインショップではライカをはじめ、国内外問わず数多くのカメラボディ・レンズを販売しております。既にお持ち機材の高価買取もしておりますのでぜひご覧ください。