『ライカで見つける10人の肖像展』インタビュー【第2回】コムロミホ「ライカには不必要なものが何もないから“世界に入れる”感覚がある」
はじめに
2024年6月21日(金)から新宿 北村写真機店地下1階「ベースメントギャラリー」で始まった『ライカで見つける10人の肖像展』。同店6階ライカブティックのオープンを記念して開催されているこの企画展は、日本を代表するライカ使いの中でもポートレートに定評のある10人がオリジナリティを競い合っています。(2024年7月31日で終了)
そこで『ShaSha』では、ベースメントギャラリーを舞台に競演する写真家たちの「フォトライフ」を紐解く連載記事がスタートしました。2回目は情緒溢れる旅の写真が支持を集めるコムロミホさんが登場。撮影に使用したカメラ・レンズをはじめ、出展いただいた作品の誕生秘話などについてお聞きしました。
プラハで撮影した“犬と人間のドラマ”
——今回の展示作品について聞かせてください。いつ、どのように撮られた作品でしょうか。
ライカM10が登場した2017年、ライカストアで展示するために撮りおろした作品です。せっかくなので、これまで行ったことがなかった場所がいいなと思ってプラハを選びました。“犬と人のドラマ”というテーマで撮り始めた1枚目の写真なので、思い入れがあります。
プラハは街並みがカラフルだと聞いていたので、朝の風景を撮ろうと考えていました。パリのように、パン屋さんの香りや、急ぎ足で出社する人々という朝の光景があって、さらにその背景がカラフルなプラハの街並みだったら面白そうだなと考えたんです。
でも、それは1日目で断念することになりました。パリと違って、日の出どきには人が全くいなかったんです! 人がいなければドラマも起きないし、どうしようかなと思っていると、犬を連れている人が目に入ったので、犬に注目しました。
チェコは飼い犬が多い世界有数の国です。そんな場所で犬と人のドラマを撮りたいと思ったときに、ふと色が邪魔に感じ、モノクロで撮ることにしました。私はカラーで撮った写真を後でモノクロにすることはなくて、撮る時点でカラーかモノクロかは完全に決まっています。
この作品を撮った場所は、カレル橋という有名な観光地です。絶対にミスをしたくないシーンだったので、撮りたい犬と人がいる前を一旦通り過ぎながら、ライカM10に装着している50mmレンズの画角に犬と人が狙ったとおりに収まることを確認して、ピントも合わせておいて、それから同じ場所に戻って声を掛けて撮らせてもらいました。わざわざ一度前を通り過ぎて練習したのは、長々と撮影せず1〜2枚で済むようにしたかったからです。
レンズの個性が出るので、絞り開放しか使わない
——このときに使った機材を教えてください。
ライカM10とズミルックスM f1.4/50mm ASPH.(最短0.7m)です。ライカのレンズは同じ焦点距離でも、名前によって描写のイメージが異なります。例えば50mmでも、ズミルックスとアポ・ズミクロンでは描写が全然違いますよね。絞り開放にこそレンズの個性が出ると思っているので、私は開放しか使わないぐらいです。
具体的に言うと、ズミルックスには独特の柔らかさとビネッティングによる奥行き感があり、その場の雰囲気をそのまますくい取ってくれるような写りだと感じます。一方、アポ・ズミクロンは見た世界をそのまま切り撮ってくれる印象があります。立体感とピント面のシャープさが気持ちいいですね。
ひとつの撮影テーマの中では、最初から最後まで同じレンズを使うようにしています。撮った作品はいずれ写真展や写真集の形にまとめたいので、途中で描写が変わるとまとめにくいなと感じるからです。
プリントして並べることで、テーマが見えてくる
——写真のセレクトはどのように進めますか?
まず、全て2Lサイズにプリントします。イルフォードの印画紙は箱がしっかりしていて、プロジェクト名を書ける余白もあって保管しやすいんです。パソコンの画面だと1枚ずつが小さくなってしまうので、テーブルの上を全部片付けて、ずらっと並べたいですね。
2Lで粗選びしたら、次はハーネミューレのフォトラグを使って、A4サイズで100〜200枚ぐらいプリントしてみます。この段階でテーマが見えてきます。
こうしたセレクトを旅ごとにやっていくと、テーマをまとめる際にどんな写真が必要か見えてくるんですよね。次は寄りのカットを足そうとか、海辺のカットを入れようかなとか。ディスプレイ上でサムネイルを見るより傾向がわかりやすいです。
——カメラ店には、どれぐらいの頻度で訪れますか? 買い物は計画的ですか?
そのカメラ機材が作品づくりに必要なら買います、というスタンスです。日頃からよくオールドレンズを見たりしています。新しい機材を取り入れるのは変化のきっかけにもなりますね。買い物自体はあまり計画的ではなくて、“出会っちゃう”タイプだと思います。出張先で訪れたカメラ屋さんで買うことも多いんです。
オールドレンズは一点モノなので基本的に“出会い”ですが、そのレンズの価値みたいな部分も見ながら選びがちです。例えば、“8枚玉”(ズミクロン35mm1st)を買ったときも、少しの差額だったのでMade in CANADAではなくMade in GERMANYを選びました。
もう使わないかなと思って手放したものが恋しくなることも結構あって、最初に手にしたのはライカM9のスチールグレーでしたが、それが後でライカM-Eになったり、わりと入れ替わりがあります。
作家活動を応援する場所でありたい
——コムロさんもお店(日本橋小伝馬町の「MONO GRAPHY Camera & Art」)を運営されていますが、お店をやろうと思ったきっかけは何でしたか?
人の集まる場所を作りたいと思ったのがきっかけです。これまでにも別の場所で、イベントも開催できるスタジオを作ったり、写真教室を開いたりしてきました。そしてお店をやりたいと考えていたところに、1階にギャラリー(アイアイエーギャラリー)が入っている素敵な内装の物件があったので、ここだと思いました。
目指したのは、写真集が並んでいて、写真展ができて、人の循環を生み出せるような場所です。作家の活動を応援する場所でもありたいと思っています。オープンして3年目になりました。
並んでいる写真集は、私がストリートスナップが好きなこともあって、それに特化して選んでいます。自分が好きなもの、見たいと思うもの、お付き合いのある人……という感じです。写真集は、装丁や紙の使い方にもそれぞれ魅力がありますね。
M型ライカのレンズは50mmが好き
——“ライカ”といえば、どのモデルを思い浮かべますか?
やっぱりMです。操作のアナログ感と、不必要なものが何もないことで撮影に集中できますね。“世界に入れる”という感覚です。基本のスタイルや操作性がずっと変わらないところも好きです。
今はライカM11を使っていますが、ありがたいところを挙げると、電子シャッターが最高1/16,000秒まで使えるので、絞り開放で撮りやすいです。あとはバッテリーの容量も増えましたね。内蔵メモリーが備わっているのも嬉しいです。SDカードを入れ忘れてしまうことが結構あるんです。
Mのレンズは50mmが好きですね。先に挙げたほかにも、ズミルックスの1st、ズミクロンの1st、ズマリット(F1.5)があります。50mmだとブライトフレームの見え方がいいですね。今使っているアポ・ズミクロンM f2/50mm ASPH. ブラッククロームは、見た目もライカM11のマットなブラックペイントにマッチしていて気に入っています。距離指標が“レッドスケール”になっているのも、今や珍しいですよね。
———デジタル以外に、フィルムで撮ることもありますか?
私は結果をすぐ見たいので、デジタルが好きですね。スナップ撮影でデジタルを気に入っているのは、撮らせてもらった相手にその場で写真を見せられることです。そこでコミュニケーションが生まれて「もっと撮っていいよ!」と言ってもらえる場合もあります。
海外で撮影するときは、現地語で「こんにちは」と声を掛けて、撮らせてもらった写真をカメラの画面で見せて、また現地語の「ありがとう」で別れる感じです。自分が撮った写真を見て笑顔になってもらえることは、何よりモチベーションになりますね。
プロフィール
■写真家:コムロミホ
文化服装学院でファッションを学び、ファッションの道へ。撮影現場でカメラに触れるうちにフォトグラファーを志すことを決意。アシスタントを経て、現在は広告や雑誌で活躍。街スナップをライフワークに旅を続けている。カメラに関する執筆や講師も行う。またYouTubeチャンネル「写真家夫婦上田家」「カメラのコムロ」でカメラや写真の情報を配信中。カメラや写真が好きな人が集まるアトリエ「MONO GRAPHY Camera & Art」をオープン。
■執筆者:鈴木誠
ライター。カメラ専門ニュースサイトの編集記者として14年間勤務し独立。会社員時代より老舗カメラ雑誌やライフスタイル誌に寄稿する。趣味はドラム/ギターの演奏とドライブ。日本カメラ財団「日本の歴史的カメラ」審査委員。YouTubeチャンネル「鈴木誠のカメラ自由研究」
コムロさんが運営する「MONO GRAPHY Camera & Art」)には、セレクトされた写真集やレンズ付きフィルムに加えて、トートバッグなどのオリジナル商品が並ぶ。