新宿 北村写真機店のカウンターで、お薦めライカを味わい尽くす|Vol.020 ズミルックス50mm f1.4 ブラックペイント
はじめに
皆さんこんにちは。ライターのガンダーラ井上です。新宿 北村写真機店の6階にあるヴィンテージサロンのカウンターで、ライカをよく知るコンシェルジュお薦めの一品を見て、触らせていただけるという有り難い企画、『新宿 北村写真機店のカウンターで、お薦めライカを味わい尽くす』。現行品からヴィンテージまで取り扱いのあるヴィンテージサロンの品物から、どんなアイテムを見せてもらえるのか楽しみです。
ライカフェローのお薦めは?
今回お薦めライカを見立てていただいたのは、新宿 北村写真機店でライカフェローの肩書を持つ丸山さん。ヴィンテージライカに関する豊富な知見を持っている丸山さんが最近見せてくれているのは初代ノクティルックス50mmF1.2やブラックペイントのズミクロン50mmなどレアなライカM型用レンズ。今回もカウンター越しに単体の交換レンズが登場しました。
往年の大口径標準レンズ
「こちらが、ズミルックス50mm F1.4の1stモデルブラックペイント3種盛りでございます」と、まるで高級な寿司店みたいな盛り付け具合で差し出されたM型ライカ用の交換レンズ。丸山さんが用意してくれているからには初期型に違いありません。その当時のズミルックス50mmといえばクローム仕上げが当たり前ですが、この3本は酢飯を海苔でぐるっと囲った軍艦巻きみたいに真っ黒なルックスです。
で、その黒い囲いの頂点に顔を覗かせている寿司ネタ部分が、球面仕上げのF1.4のレンズ第1面です。ズミクロン50mm F2ではフィルター径がφ39mmですが、ズミルックス50mmF1.4は大口径であることからφ43mmとなり、見た目の印象も豪華になっています。
少数だけ製造されたブラックペイント
「ズミルックス50mmの発売が開始されたのは1958年ですが、ブラックモデルに関しても同じ年の1958年から登場しています。レンズの番号帯としては1644***からで、年代としては1960年までで製造が完了しています。その後、セカンドモデルでもブラックペイントは継続して製造されましたが、レンズの内容が更新されています。ですから、ファーストのブラックペイントの数はすごく少ないです」とのこと。
ズミルックス50mmの出自について丸山さんの解説は続きます。「ズマリットがF1.5の大口径標準レンズとしてあり、それが進化を遂げてズミルックスになっていったと言われていまして、ズミルックスの格好でありながらズマリットの刻印のあるプロトタイプも存在していました。ズマリットはフレアが盛大に出ることが有名ですが、そのような部分も少し残りながらもズミルックスは描写力がグッと上がったレンズです」
最初期に存在する逆ローレット仕様
あまりこの2ショットは見られないと思うのですが、初期型のズミルックス50mmブラックペイントのうち、左がごく初期の“逆ローレット”と呼ばれるピントリングを持つタイプで、右がその後の標準仕様となるローレットのものです。
「ズミクロンにも言えるのですが、ごく初期のものに“逆ローレット”と呼ばれる溝が山の部分に刻んであるものが存在するものがシルバーと同様にあり、ブラックペイントそのものの数が少ないので、逆ローレットはさらに貴重なものになります」ふむふむ。さきほど3本の初期型のズミルックス50mmブラックペイントの中からなんとなく手にしたのが逆ローレットでしたが、レア中のレアだったのですね。
第1世代の中でも異なるコーティング
逆ローレットの場合、ピントリングの溝は最外周にあるので、触るとペイントが剥がれやすい。そこで谷の部分に溝を刻んだ方がペイントの損失は少ないであろうという考えに至ったと推測されます。でも、触った感じでは山の部分に溝があった方があきらかに指に吸い付くというか滑りにくくて馴染みが良い。故に操作しているうちにペイントも剥がれていきます。ローレットの仕様だけでなく、レンズのコーティングも変遷があるようです。
「第1世代の中でもコーティングが少し違います。最初期に製造された逆ローレットのシルバーも青っぽい印象のものが多い気がします。先日もほぼ同じ年代のシルバーの逆ローレット2本を扱ったのですけれど、1本は真っ青に近いコーティングで、もう一つはそこまででもありませんでした」
最初期型はマウント部分もブラックペイント
コーティングの見え方が違うということは、ある波長の光の透過が異なるということだから、写真を撮ってみればボケの輪郭の色付けなどがコーティングの違いによって異なった結果を導き出すというのが丸山さんの見解です。そうなると自分の好みの描写を追い求めて同じズミルックスの初期型でも悩ましい選択肢が増えてしまうということですね。
コーティングの違いよりも分かりやすいのがマウント部分の仕上げの違いです。ズミルックス35mmやズミクロン50mmと同様に、このズミルックス50mmの場合でも最初期型では真鍮素材にブラックペイントが施されており、その後に使われるようになったクロームメッキでは半永久的にピカピカしているのと比べると枯れた味わいがあり、この質感が大好物というマニアの方々が痺れるポイントになっているそうです。
クローム仕上げのモデルとの比較
新宿 北村写真機店の在庫というのはほとんど博物館並みで、第1世代のクローム仕上げのズミルックス50mmがあるということでしたのでブラックペイントのモデルと並べて撮影させていただきました。外観の最大の特徴であるレンズ基部にある着脱用の滑り止めとして施された細かい矩形のギザギザ模様はクローム仕上げの方が凹凸にコントラストがつくので目立って見えますが、ブラックペイントでも健在です。
この世代のズミルックス50mmは、昔はそんなこと誰も言っていませんでしたが昨今では『貴婦人』と称されているようです。そうなるとブラックペイントのモデルはさしずめ『黒衣の貴婦人』ですね。個人的にはズミルックス50mmと貴婦人という語感の関連付けにピンときてはいませんが、貴婦人が黒い衣装を身につけているというシチュエーションはドラマチックだなぁと思います。
まとめ
このレンズに合わせたいボディは?という問いに対する一つの答えとしては、ブラックペイントのライカM2と黒いライカビットMPという組み合わせだそうで、写真のとおり格好良すぎですね。1958年製のレンズであれば、ブラックペイントのライカM3などもお薦めで、もちろん黒いライカMP(もちろん現行品ではない)という選択肢もあるそうです。
第1世代のズミルックス50mmは、レンズ構成に小変更を加えた第2世代と撮り比べてみると激しい逆光条件では若干のフレアが出て色味もあっさりした傾向で、要するに昔っぽい描写だそうです。「ですからライカM11と現行レンズで撮影すると撮れすぎてしまってどうしよう?というお客様は第2世代より第1世代を選ばれる方が多いです。どこまでもしっとり行きたい。という方ですね」とのこと。見た目だけでなく描写も渋い雰囲気になるというのはヴィンテージライカの真骨頂という感じですね。
ご紹介のレンズ
ズミルックス50mmF1.4
ブラックペイント第1世代 逆ローレット 真鍮マウント 価格1,650万円
ブラックペイント第1世代 真鍮マウント 価格1,100万円
ブラックペイント第1世代 ステンレスマウント 価格726万円
案内人
ヴィンテージサロン コンシェルジュ:ライカフェロー 丸山豊
1973年生まれ。愛用のカメラはM4 ブラックペイント
執筆者プロフィール
ガンダーラ井上
ライター。1964年 東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間勤める。2002年に独立し、「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」「ENGINE」などの雑誌やwebの世界を泳ぎ回る。初めてのライカは幼馴染の父上が所蔵する膨大なコレクションから譲り受けたライカM4とズマロン35mmF2.8。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)、「ツァイス&フォクトレンダーの作り方」(玄光社)など。編集企画と主筆を務めた「Leica M11 Book」(玄光社)も発売中。
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