新宿 北村写真機店のカウンターで、お薦めライカを味わい尽くす|Vol.028 ライカM3 ブラックペイント ファーストロット
カメラのキタムラレビューサイト『ShaSha』より転載
はじめに
皆さんこんにちは。ライターのガンダーラ井上です。新宿 北村写真機店の6階にあるヴィンテージサロンのカウンターで、ライカをよく知るコンシェルジュお薦めの一品を見て、触らせていただけるという有り難い企画、『新宿 北村写真機店のカウンターで、お薦めライカを味わい尽くす』。さて、今日はどんなアイテムを見せてもらえるでしょうか?
ライカフェローのお薦めは?
お薦めライカを見立てていただいたのは、新宿 北村写真機店でライカフェローの肩書を持つ丸山さん。前回見せてくれたのは、1960年製のライカM3ブラックペイント、通称セカンドバッチでした。丸山さんのお薦めライカは黒いM3が続いていますが、その流れに乗って今回もカウンター越しに黒いライカが出てきました。
ブラックペイントのライカM3ファーストロット
「今日のカメラも黒いM3です」と、いつもの丁寧な所作で差し出されたボディ。黒いライカM3って激レアなクラシックカメラなのですけれど、新宿 北村写真機店の6階ヴィンテージサロンには汲めども尽きぬ泉の如く黒いライカが潤沢に用意されているのにはいつも驚きます。しかも、この数回お薦めされていく順番でレア度も上がってきています。
「前回は通称セカンドバッチとも呼ばれている製造番号993から始まる250台のなかの1台でしたが、今回はそれよりも前に製造されたファーストロットと呼ばれるM3ブラックペイントになります」ということで、カウンターには2台のライカM3が置かれています。
通称“ドッグイヤー”のレアな機体
「公式記録によれば製造番号959で始まるファーストロットと呼ばれるM3ブラックペイントは1959年製です。959401から始まり959500までの100台が製造されたうち、なぜか在庫が2台あります」と、微笑みを浮かべながら丸山さんは語ってくれます。
「前回までにご紹介させていただいたM3ブラックペイントと比較しますとファーストロットには大きな違いがあります。一番目立つのはストラップ吊り金具が通称“福耳”、海外では“ドッグイヤー”などと呼ばれる部品であることです」この形のストラップ吊り金具は初期のライカM3に採用されていたスタイル。通常のクローム仕上げモデルでも同様のパーツが採用されていましたが、ブラックペイントモデルでは地金の真鍮が見えてくるのが味わい深いです。
ファーストロットは、細かいパーツまで黒い
「ベースプレートの開閉キーの中心部がセカンドロット以降ではクロームのパーツですが、ファーストロットではここも黒くペイントされています」との指摘を受けて、底蓋をよく観察してみます。ヒンジを起こして反時計回りに操作すれば“open-auf”、時計回りに操作すれば“close-zu”となりますが、そのどちらの状態なのかを指し示す矢印のある中心部のパーツまでブラックペイントされているのがポイントなのです。
ちなみにこの機体の三脚ネジ穴は通称“大ネジ”と呼ばれる直径の太いもので、この仕様はほどなく“小ネジ”と呼ばれ現在のカメラにも受け継がれている直径のものに変更されます。
ライカに昔からある謎の突起も黒塗り仕上げ
「あとは、ここの部分がセカンドバッチ以降はシルバーのままですが、ファーストロットでは上から黒いペイントがされています。ここが剥がれてしまっているものも多く見られますが、この2台ではまだ残っていますね」と説明してくれた“ここの部分”とは、底蓋を引っ掛けるのに使う切り欠き付きの丸い突起の逆サイドにある謎の丸い突起のこと。
ちなみにこの突起は、M型の祖先にあたるバルナックライカの時代からあるものです。学術撮影用でファインダーなしのモデルであるライカMD-2を除いてライカM4以降のモデルでは省略されてしまった機能部品です。その機能とはフィルム装填時に手が滑らないためのものであるという珍説がネットに上がったりしていますが、L字型をしたライカ純正フラッシュブラケットCTOOM(15545)を三脚ネジで固定した際にベースプレートとの接触面がずれてしまうことを防ぐためにL字の垂直部分の付け根に穴が開けられていて、そこにこの突起が収まることで安定させるためのものです。
“黒い福耳”がファーストロット最大の特徴
「以上の3点が、ファーストロットの見た目の特徴です。前回ご紹介させていただいたセカンドロットが1960年なので、たった1年しか製造年度に違いがありませんが、最初のブラックペイントのポイントとしてはM3を象徴する“福耳”です。これらのファーストロットが登場する前に顧客からの要望でごく少数製造されたブラックカウンターのライカM3ブラックペイントも存在しますが、基本的にはこれが最初なので“福耳”でブラックペイントのライカM3を持ちたいとなると、この100台になってくるというところです」
ブラックペイントのライカ研究本にも掲載
「余談ですが、下3桁が431のモデルは“BLACK PAINT Leica”という、ブラックペイントのライカしか載っていない研究書に掲載された1台になります。香港のコレクターのダグラス・ソーさんが出した本で、香港でカメラの博物館を作ってしまっているような人らしく、コレクター界ではかなり有名な方のようです」
普通の古いライカで撮影を楽しむのがハイキングやトレッキングとするならば、こういうレベルのヴィンテージライカになってくると無酸素で登頂するのが困難な最高峰レベルの山に登ろうとするようなもの。登り切れる人はごく僅かですが、登り詰めた人にしか見えない景色があるのだろうと思います。
年代を合わせた黒塗りのレンズがよく似合う
では、この2台のファーストロットの黒いライカM3に似合うレンズは?という問いかけに、丸山さんが2本のレンズをコーディネートしてくれました。前期型のズミクロン5cm F2のブラックペイントはマウントもブラックペイント。もう1本のズミクロン35mm F2カナダ産はブラックペイントでメガネ付きです。
「標準レンズのズミクロンは1958年製造でブラックペイントのM3ファーストロットの1年先輩。広角レンズのズミクロンは1960年製造で1年後輩。いずれにしても時代が合っていることに加え、ライカM3につけるべき標準レンズのキングと、広角レンズ用にファインダー倍率を変換する光学的ギミックを搭載し、50ミリの撮影枠までしか出ないライカM3のために設計されたレンズです」
まとめ
ライカフェローの丸山さん曰く「普通の黒いM2やM4、あるいはファーストロットではないM3では、ぶら下げているのをパッと見てわかる人はほとんどいないのですが、冒頭に申し上げたとおりストラップ吊り金具の“福耳”というのは初期のM3にしかないですし、しかも黒いM3というとこの世代しかありません。“福耳”って目立ちますよね。見る人によっては気づく特徴です。ぱっと見ただけでライカが好きな人ならすぐに何かわかるくらいインパクトのあるカメラです。本物をぶら下げて歩いた時の凄さというのは、これしかないと思います」とのこと。いやはや恐れ入りました。
ご紹介のカメラ・レンズ
ライカM3 ブラックペイント 959431 価格5,500万円
ズミクロン50mm F2 ブラックペイント 価格 660万円
ズミクロン35mm F2 ブラックペイント 価格 594万円
案内人
ヴィンテージサロン コンシェルジュ:ライカフェロー 丸山豊
1973年生まれ。愛用のカメラはM4 ブラックペイント
執筆者プロフィール
ガンダーラ井上
ライター。1964年 東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間勤める。2002年に独立し、「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」「ENGINE」などの雑誌やwebの世界を泳ぎ回る。初めてのライカは幼馴染の父上が所蔵する膨大なコレクションから譲り受けたライカM4とズマロン35mmF2.8。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)、「ツァイス&フォクトレンダーの作り方」(玄光社)など。編集企画と主筆を務めた「Leica M11 Book」(玄光社)も発売中。
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