この激レア軍用カメラ、ちょっと触ってもいいですか? スウェーデン軍用 ライカIIIf
カメラのキタムラ コンテンツサイト「ShaSha」より転載
はじめに
新宿 北村写真機店の6Fヴィンテージサロンには、きわめて趣味性の高いライカが販売されていますが、その中には博物館級のアイテムも数多く存在します。レアなライカとして蒐集対象とされるジャンルはさまざまですが、その筆頭として挙げられるのが世界各国の軍隊に納品された経歴を持つ軍用ライカです。
スウェーデン軍用のライカIIIfが販売中
軍用ライカといえば第二次世界大戦中のドイツ軍で使用されたものだけでなく、戦後の西ドイツ国防軍やカナダ軍向けのライカやイスラエル軍の戦車師団に供給されたとされるモデルなどが知られていますが、その中でも知名度の高いモデルといえばスウェーデン軍に供給されたライカIIIfではないでしょうか。その激レアな実機がカメラのキタムラ「ライカコレクションセール(2024/9/11~11/30)」で販売されています。
Leica IIIf black paint Swedish Army
税込価格:31,350,000円
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100台生産された中の2番目の機体
さまざまなライカ研究書籍に掲載された写真でしか見たことがなく、現物を肉眼で拝見することなどないと思っていたスウェーデン軍用ライカIIIfに触れさせてもらえました。でも、シャッターを切ってみたり距離計を確かめるのにレンズを繰り出したりはせず、ブツ撮りのサポートで位置を変えるためにそぉ〜っと動かしたときにちょっと触れただけです。
その理由は、恐れ多かったから。このライカは1956年にスウェーデン軍へ納品された100台のうちの2番目の機体という神棚級の物件なのです。ライカの製品台帳によると、製造番号822901から823000に(IIIf Kältef)と記載があり、寒冷地仕様であったことが記されています。当該のロット100台がスウェーデン軍に納品され、本機にはその2番目を示す822902の刻印があります。
どこもかしこも真っ黒い軍用ライカ
スウェーデン軍用のライカIIIf最大の特徴は、ほとんど全てに近いパーツがブラックペイントされているところです。通常のライカIIIfの外装はクロームメッキ仕上げで黒いグッタペルカの貼り革とクロームのパーツのコントラストが美しいのですが、軍用ということになると目立ちすぎる。とはいえここまで黒くしなくてもと思うほど黒いです。
トップカバーだけでなく巻き上げノブ、巻き戻しノブ、高速および低速のシャッター速度ダイヤル、シャッターレリーズと指皿、フィルム巻き戻しのためのクラッチ解除キー、距離計用の対物レンズベゼルからストラップ吊り金具に至るまで真っ黒。唯一銀色なのはバネを効かせたアクセサリーシューの押し上げ金具とシンクロ接点だけという徹底ぶりです。
黒いライカの希少性とは?
ブラックペイントのライカは軍事目的や目立っては困るプロのための特別仕様というイメージがありますが、実は1920年代にライカの初号期が市販された当初はブラックペイントのボディが標準でした。上の写真は、1930年代に発売されたライカIII型(右、ガンダーラ私物)と1956年に納品されたスウェーデン軍用ライカIIIf(左)。ライカでスローシャッターを初搭載したIII型は戦争を跨いでIIIfへと進化していくのですが、途中で外装はクロームメッキが標準になります。
そのキッカケは、当時のライバルであり、ライカを追撃すべく開発され1936年に発売されたツァイスのコンタックスII型がクロームメッキ仕上げだったことの影響が大きいのではないかと思います。いずれにしても1930年代の半ば過ぎからブラックペイントのボディは表舞台から姿を消し、戦後に軍用カメラの仕様として復活したというのが興味深いですね。
ライカIIIfはバルナックライカの定番モデル
ここでライカIIIfのおさらいをしておきましょう。ライカIIIfは、ライカの開発者であるオスカー・バルナックに敬意を表して通称バルナック型ライカと呼ばれる系列のモデルです。だいたい50ミリレンズの撮影範囲が見通せるファインダーを挟んで、左右に測距用の丸窓が2つあり、ピント合わせとフレーミングは別々の覗き穴を使うシステムです。ライカIIIfは戦前の設計であるライカIIIcの後継機として1950年に登場し、1957年まで製造が続き18万台以上が出荷されたバルナック型ライカのベストセラーでした。M型ライカの初号期であるライカM3が登場した1954年以降も作られていたので、バルナック型の定番モデルとして根強い人気があったということだと思います。
IIIfの「f」はフラッシュバルブの「f」?
ライカIIIfの前機種はライカIIIeかと思いきや、ライカIIIdなんです。それはライカIIIcにセルフタイマーを組み込んだモデルで、ライカIIIeという型番は欠番みたいな状態です。どうしてeを飛ばしてfにしたのか? その理由は、ライカIIIfはフラッシュバルブによる撮影に対応する機構を搭載したからフラッシュの頭文字を使ったのだと言われています。
フラッシュバルブとは、閃光電球のこと。ガラスのバルブの中に金属と酸素が入っていて、それを瞬間的に発火させて大光量を得る使い捨ての写真用照明デバイスですね。その発光のピークは閃光電球の光量やメーカーにより異なるので、それにシンクロさせる遅延装置を組み込んだのがライカIIIf最大のセールスポイントでした。本機の付属物として各メーカーおよび種類に応じたシンクロ遅延装置の設定表がありました。ドイツ語表記ですが、これもレアですね。
スウェーデン軍の装備品を示す刻印は?
ここで話を軍用ライカに戻します。スウェーデン軍ではこのライカIIIfだけでなく、ブラックペイントされたバルナック型の最終機ライカIIIgや、IIIfのファインダーとスローシャッターを省略したIf型に1/1000秒の高速シャッターを追加したモデルなどを採用していますが、それらにはスリークラウンと呼ばれる刻印があります。逆三角形に配置された3つの王冠マークはスウェーデン政府が用いる小紋章で、これを略式化したマークが軍用品であれば多目的四輪駆動車のダッシュボードから官給品のコートの内側に至るまで必ずと言っていいほど示されているのですが、このスウェーデン軍用ライカIIIfにはどこにもスリークラウンの刻印が見当たらない。どうして刻印がないのかは謎ですが、この状態が正しいものなのだそうです。
軍事目的だからセルフタイマーは不要?
ライカIIIfの後期型では、戦後の平和な日常を記録する道具としての民間需要が戦勝国を中心として高まったことから、セルフタイマーを標準装備していきます。普通のクロームメッキのトップカバーを持つモデルでは、セルフタイマーレバーのクロームとボディの黒いグッタペルカとのコントラストが美しく、バルナック型ライカの完成系といった趣があります。本品は1956年の製造ですからセルフタイマー付きの時期ではありますが、軍事目的でセルフタイマーを使うということはあまり考えられないからか、あえてセルフタイマー非搭載の仕様になっているのもストイックな感じです。
希少なブラックペイントのエルマー
とても重要なことを忘れていましたが、本機にセットされているレンズはスクリューマウントのエルマー5cm F3.5。バルナック型ライカの標準レンズの定番ですが、このレンズもブラックペイント仕上げです。通常品ではピカピカしている沈胴式のストレートな鏡筒や、ピント調整用のノブやレンズ正面のリングまですべて真っ黒。この時代のエルマー5cm F3.5の中でブラック仕上げというのはスウェーデン軍用以外ではお目にかかれない超珍品です。
誰がどのように使ったカメラだったのか?
さて、このスウェーデン軍用ライカIIIfは、どのような意図で誰が使うことを目的で発注されたのでしょう? 前述のスウェーデン軍用ライカIf型は250mmのテレメゴールもしくは240mmのシュナイダーテレフォトレンズと組み合わせて、海軍の偵察行動用のハンドカメラとして使われたそうです。1950年代の冷戦時代にも政治的中立を国是としていたスウェーデンは、中立であるがゆえに自国の防衛を自らで行うための軍備とそれを使うための人材を確保するための兵役を遂行する軍事的な国家であり、核開発にも挑むものの米国からの圧力により中断を余儀なくされ通常兵器の軍備を充実させる方策へ転換していった経緯もあります。そのような国際情勢下における黒いライカIIIfの存在はどのようなものであったのかを考えることは、只今現在の私たちの世界を捉えることにも役立つと思います。
まとめ
さて、スウェーデン軍用ライカIIIfをご紹介しましたが、いかがでしたか? カメラという物品は極めて中立的な立場の道具です。それゆえ戦後の日本光学は軍需光学兵器から平和品への転換を迫られた際に35ミリ判の小型カメラを新設計するという決断に至りました。すなわちカメラは武器ではないのですが、軍隊でも必要とされるアイテムであることは確かです。それに加えて軍事物資として納品された経歴のある物品を一般民間人が手にできるということ自体がレアケースであり、それゆえライカコレクターの心理としては『いつか軍用ライカを自らの所有物としてその希少性に震えるほどの喜びを感じ、ゆくゆくは貴重な文化財として後世に残していきたい』と考えるのではないでしょうか。いずれにしてもライカ蒐集山脈として聳え立つ峰々のうち、このスウェーデン軍用ライカIIIfは、かなりの標高と到達難易度を持つアイテムであることは間違いありません。
執筆者プロフィール
ライター。1964年 東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間勤める。2002年に独立し、「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」「ENGINE」などの雑誌やwebの世界を泳ぎ回る。初めてのライカは幼馴染の父上が所蔵する膨大なコレクションから譲り受けたライカM4とズマロン35mmF2.8。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)、「ツァイス&フォクトレンダーの作り方」(玄光社)など。編集企画と主筆を務めた「Leica M11 Book」(玄光社)も発売中。
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